ジョニィへの伝言

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ペドロ&カプリシャス
ペドロ&カプリシャスのボーカルが2代目の高橋まり(現:高橋真梨子)に変わった際の1曲目の作品であり、高橋はこの曲でレコードデビューした。
発売当初は全く売れなかったが、1973年の夏が過ぎる頃から少しずつ売れ始め、累計売上は50万枚近い大ヒットとなった。
オリコンチャートでは24位留まりだが、100位以内には42週間ランクイン、シングル売上枚数は24.8万枚を記録するヒット作となった。
ペドロ&カプリシャスは同曲で、翌1974年暮れの「第25回NHK紅白歌合戦」に初出場を果たした。
作詞した阿久悠は、なかにし礼(日本語詞担当)がペドロ&カプリシャスの前のメンバーに提供し、大ヒットさせた「別れの朝」に負けられないと、新しさを感じさせる作品にしたいと工夫したという 。登場人物が外国人であったり、景色や主人公の女性の行動が日本や日本人にもないと感じられたことから、「無国籍ソング」などとも言われた。
阿久が本作品の少し前に鹿内孝に提供した「本牧メルヘン」の歌詞には“ジョニィ”ではなく、“ジョニィー”という人名が出てくるが、本作では“ジョニィ”とつづっている。それには大した理由はなかったが、先にできていたメロディィの最初の4音に合わせる際に、“ジョニィ”としたかもしれないと阿久は推測しており、作詞した自身が「“ジョニィ”への伝言」と間違ってつづって(編集の)担当者に訂正されることもあったという。
ジョニィが来たなら伝えてよ
二時間待ってたと
割と元気よく出て行ったよと
お酒のついでに話してよ
友達なら そこのところ うまく伝えて
ジョニィが来たなら伝えてよ
私は大丈夫
もとの踊り子でまた稼げるわ
根っから陽気に出来てるの
友達なら そこのところ うまく伝えて
今度のバスで行く 西でも東でも
気がつけばさびしげな町ね この町は
(間奏)
友達なら そこのところ うまく伝えて
「③」と同じ
今度のバスで行く 西でも東でも
気がつけばさびしげな町ね この町は
ジョニィが来たなら伝えてよ
二時間待ってたと
サイは投げられた もう出かけるわ
私は私の 道を行く
友達なら そこのところ うまく伝えて
うまく伝えて
以上です (^^♪
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